現在無職・中年フリーター│自分は特別だと信じていた

都内に住む43歳無職の赤池(仮名)さん。都内の一流大学を卒業後は、一度は大手国内家電メーカーに就職した。営業職だった。

赤池さんが新卒で大学を卒業した時代は、バブル崩壊直後の就職難の時代。大学入学も1992年当時、18歳人口が最大の年。いわゆる私大バブルと言われていた時代であった。大学入学も大変なら、就職も大変な冬の時代であった。

赤池さんは、配属後大阪本社に勤務し、しばらくは先輩社員の指導のもと、順調に社会人経験を積んでいた。しかし、漠然とした不安がいつしか赤池さんの脳内を占めるようになり、ついに赤池さんはせっかく入社した会社を退職してしまったのだ。

その漠然とした不安とは、このままサラリーマンで自分の人生を終えたくない、自分らしく生きるために、自分らしさを見つけたい。といったものだった。赤池さんは、退職に猛反対だった両親の住む東京の実家に引き返した。

ここで赤池さんは、以前から興味があり、友人もチャレンジして見事現役合格を果たした司法試験にトライすることにしたのである。赤池さんの友人は、非法学部でありながら、予備校と大学を往復する日々を送り、見事1995年の本試験に合格したのである。

これを傍らで見ていた赤池さんは、自身が最終試験に合格し、修習も修了し、自身が敏腕弁護士になることを、漠然とイメージしていた。赤池さんが試験準備の為に予備校に通い始めたのは、退職して実家に引き返して来てそんなに時間を要しなかった。

既に赤池さんは、33歳になっていた。赤池さんは、すでに5回の本試験に失敗していた。そして、2006年、司法試験制度が大きく変わり、原則法科大学院を修了した者が受験出来る新司法試験制度に移行し始めた。

赤池さんの貯金は既に底を尽き、到底法科大学院に進学できる資力はなかった。赤池さんは、独学で残された旧試験に自身を託することにした。

赤池さんは自分自身を特別だと考えていた。しかし、傍から見れば、タダの無職である。赤池さんは、自分から旧来の友人と連絡をとることも辞めた。皆それぞれ出世したり、起業して成功し始めたり。自身と比較すると、どうしようもない焦燥感に駆られた。
しかし、それでも赤池さんは、自分自身を特別だと考えていたし、それが勉強を進める唯一のモチベーションになっていた。

やがて、2010年の最後の旧司法試験の論文試験が終了した日以来、赤池さんは廃人と化してしまった。

現在、赤池さんは43歳で最近まで中年フリーターの無職。父親が2012年に他界してからは、70歳を超え、最近体調もすぐれない歳老いた母親(パート従業員)と同居している。
会社勤めだった父が昭和44年に新築した練馬区の住宅は、既に至るところが傷み始めているが、それをリフォームする費用すらない。

赤池さんのように、第二次ベビーブーム世代(団塊ジュニア)の事実上無職を含めたフリーター等の非正規雇用者数は、270万人以上存在すると言われている。

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